フライフィッシングと日本の未来
2019年11月某日、大阪帝国ホテルにて、あるフライ関連ショップの「祭り」が開催された。
出展者、お客さんともにたくさんで盛況だったことをSNSで知る。
後の懇親会も会費10,000円といった価格にかかわらずこちらも盛況。
会場のスナップ写真を見るにつけ、やっぱりなあと思う。
年寄りが多いのだ。若い人が少ない。
同じことはこの集まりだけでなく、他でも似たようなことを感じる。
自分自身、ぼちぼち普通で言うなら定年退職するような年齢で完全に同類である。(一応自営業であるから好きなように働くが、それは良し悪しである)
とにかく若い人が少なすぎる。
定年退職するような人々で、今フライフィッシングをしており、このような集まりに参加できると言うことは、これは「余裕」のなせる技。
高度経済成長期〜バブル期にせっせと働き、年金を支払って、そして今余裕なのである。
日本の消えた20年
この20年ほど、日本の経済成長は完全に止まった。
その上に「未来に投資」することもなかった。それどころか「未来に対する」政府支出は減らされている。例えば、教育に関する予算はOECD加盟各国中ずっと最下位である。未来はない。
若い人たちが普通に働き、子供を育てられる土壌がどんどんなくなっているということだ。それが証拠に人口減である。
単に産業や消費を担う人口が減るだけではない。同時に文化を支える基礎も減ると言うことだ。
今回、帝国ホテルに集まった人々は釣りはおろか人生そのものを次々にリタイアすることになる。で、新しい人がフライフィッシングを始められるかどうか?
かなり怪しい。
支払った年金保険料以上の見返りがある人々、そして絶対に取り戻せないことがわかっているのに年金保険料支払いをしいられ、結婚もできない、車も持てない若い人々。
非正規社員として安く不安定な職場で働き搾取され放題の若い人々・・・奨学金という名のローンを払い続ける新卒者。
どう見てもフライフィッシングできない若い人々が退職組フライフィッシャーの生活を支えとるがな。これって「過去への投資」やん。
この様子がまさに未来へ投資しなかった結果である。
社会が完全に分断され、新しい人の参入が不可能な分野は確実に衰退するだろう。
釣りどころではない、あらゆることが衰退する。